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東京地方裁判所 昭和53年(刑わ)3583号 判決

主文

被告人を禁錮一年六月に処する。訴訟費用中証人二瓶譲治(但し第七回公判期日の分を除く。)及び同布施晴次郎に支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五三年九月二七日午前八時四〇分ころ、業務として、大型貨物自動車(熊谷一一や六号)を運転し、東京都葛飾区柴又七丁目四番一一号先の交通整理の行われていない交差点を、京成電鉄高砂駅方面から金町方面に左折進行するにあたり、付近の交通が渋滞していたため、右交差点の約一〇メートル手前の京成電鉄踏切直前の停止線で約一〇秒ないし一五秒の間一時停止をした後、発進したものであるが、この場合、踏切手前の道路左側には幅員約2.5メートルの歩道が設けられ、同所は二輪の自転車の通行が認められており、かつ、右歩道に接続する踏切内にも自転車等の通行余地があるため、右歩道から踏切を通過して前記交差点を直進する自転車のあることが十分予想され、かつ、被告人運転の大型貨物自動車には、その構造上、左前部を中心にかなりの範囲にわたり運転席から視認することのできない空間(以下死角という。)があり、被告人は、平素の運転経験等を通じてこれを認識していたのであるから、適時に左折の合図をするとともに、前記踏切直前の停止線で一時停止をしているときから、後写鏡により左後方の歩道上を視認して、自車の死角内に入つて併進するおそれのある自転車の有無に注意し、発進時及びこれに続く左折時には、後写鏡によつて自車の左側方を通行する自転車の有無及び動静に絶えず注意を払うなど、進路の安全を確認して、進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、発進を開始するときまで左折の合図をせず、また、一時停止中に後写鏡により左後方の歩道上を視認して、自車の死角内に入つて併進するおそれのある自転車の有無に注意することを怠つた上、発進及びこれに続く左折時にも、左折態勢に入つた後、ようやく後写鏡によつて左後方を一瞥しただけで、自車左側を通行する自転車の有無等に十分注意せず、進路の安全を確認しないまま、左折進行した過失により、おりから自車の左側を直進中の寺田まゆみ(当時三三年)操縦の足踏み自転車に全く気付かず、自車左側前部を同女に接触させて、同女を自車左側部に巻きこんで自転車もろとも路上に転倒させ、同女並びに同自転車後部に乗つていた寺田美穂(当時六年)及び寺田千絵(当時四年)をいずれも自車左後輪で轢過し、よつて右まゆみを脳挫創、同美穂を脳挫傷、同千絵を頸髄損傷により、いずれもそのころ同所において死亡するに至らせたものである。

(証拠の標目)〈略〉

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件事故は被告人運転の大型貨物自動車(以下被告人車両という。)の左前部付近に広い範囲の死角があり、被告人車両が左折のため発進した後、寺田まゆみ運転の自転車(以下被害車両という。)が終始右被告人車両の死角内にあつたため、被告人がこれを発見することができなかつたところから生じたもので、事故の原因は被告人車両の構造上の欠かんにあること、被告人は訴因記載のような注意義務を負うものでないこと等を主張しているので、以下、事実認定について補足的な説明を加えながら、主要な争点に対し当裁判所の判断を示すこととする。

一被告人車両の死角と被害車両発見の可能性

1  弁護人は、被告人車両が左折のため発進した後、被害車両が終始被告人車両の死角内にあつた旨主張する。

この点の解明のためには、まず、被告人車両及び被害車両の各進路及び速度並びに両車両の衝突地点等を考慮しつつ、関係証拠を綜合して衝突に至るまでの両車両の位置関係を明らかにする必要がある。

2  まず、被告人車両の進路及び速度については、〈証拠〉によると、被告人車両は、踏切直前の停止線での停止位置(右一〇月一〇日付実況見分調書添付の現場図面①の位置。以下、右現場図面を図面と略称する。)からゆつくり発進し、やや道路中央に寄りながら次第に加速し、約八メートル進行した地点(図面②の位置)で左に転把し始めたが、このときの速度は約一〇キロメートル毎時であり、やがて車体が左に向きを変え始め(図面③の位置)、円滑に左折を継続する間も、ほぼ同一の速度を維持した上、被害車両と接触したと認められる地点(図面④の位置)を過ぎた辺りから、約一五キロメートル毎時に加速したものと認められる。進路については、実況見分の際、被告人が現場で実際に車両を動かして指示しており、速度の点も、証人布施晴次郎に対する当裁判所の尋問調書(以下布施証言という。)及び安藤正純の検察官に対する供述調書(以下安藤調書という。)ともおおよそ符合し、本件道路の状況等に徴してもほぼ間違いがないと認められる。

3  被害車両の進路については、布施証言、安藤調書のほか、前記実況見分調書によつて認められる付近の道路状況等を綜合すると、被害車両は、判示道路左側の歩道の中央部分を進行してきた上、そのままほぼ直進して、踏切に至り、これを横断したところ、被告人車両と接触したもの(但し、接触直前にはこれを避けるため、若干左に進路を変えている。)と認められる。また、その速度については、布施証言及び安藤調書によると、「人が歩くより少し早い」程度であつたということであり、自転車の通常の走行速度のほか、本件の場合運転者が女性であつて、後部荷台に子供二人を乗せていたこと並びに踏切及びその付近の道路状況等諸般の事情を考慮すると、約一〇キロメートル毎時と認めるのが合理的である。

4  以上のような被告人車両及び被害車両の各進路及び速度並びに被告人車両を被害車両の接触時における被告人車両及び被害車両の位置(図面④及び)から、それ以前の被告人車両及び被害車両の位置関係を推定することができる。この方法によつて、被告人車両が図面③、②、①の各位置にあつたときの被害車両の位置を推定してみると(被告人車両の図面①―②間の平均速度を七キロメートル毎時、図面②―④間の速度を一〇キロメートル毎時、被害車両の速度を一〇キロメートル毎時とした場合)、被害車両は、被告人車両が図面③の位置にあつたときには、被告人車両の車体ほぼ中央部の左側付近、被告人車両が図面②の位置にあつたときには、被告人車両の後輪部の左側付近、被告人車両が図面①の位置から発進した時点では、被告人車両の車体後端部の左側付近にあり、その被告人車両との距離は約一メートルないし1.5メートルであつたと推定される。

5  次に、安藤調書を検討すると、右調書には文章の上でやや判りにくいところがあるけれども、その趣旨は、同人の目撃したところによると、被告人車両がゆつくり左折をはじめたとき、被害車両は踏切の線路の上あたりの道路左寄りを走つており、ちようど、被告人車両の二本の左後輪の左側一メートル位のところに被害車両があつたということであり、この供述内容は、前示車両の位置関係の推定結果とほぼ符合するものである(右地点における被害車両の被告人車両からの遅れが、推定結果よりやや大きい程度の差にとどまる。)。

また、布施証言をみると、同人は、検察官の尋問に対し、事故を目撃したときの状況に関し、同人が原動機付自転車を運転して本件交差点手前の踏切にさしかかると、踏切直前に被告人車両、その後に白いライトバン(安藤正純運転の車両)が停止しており、布施車両も右ライトバンの後に停止したこと、やがて被告人車両が発進し、ライトバンが踏切直前まで進んだので、布施車両も若干前進したこと、そのころ、布施は左側歩道を走行していく被害車両を見たこと、そのとき被告人車両は踏切内に入つていたこと、被害車両が踏切で一時停止をすることもなく、被告人車両の左側を走行してゆき、左折しつつある被告人車両に接触したこと等の事実を述べ、弁護人から、被害車両が歩道の角のところにきたとき、被告人車両はどの位置にあつたかと尋ねられると、踏切の上あたりにあつたと思う旨答えている。右供述による被告人車両と被害車両の位置関係を前示推定及び安藤調書と比較すると、被害車両が被告人車両に遅れすぎている観があるが、被告人車両が先に踏切に入り、これに相当遅れてその左側を追走するような形で被害車両が踏切に入つたという基本的な状況については、よく一致しており、右の点は、これを目撃したときの状況と関連して具体的に供述しているところから、その信用性は高いと考えられる。なお、同証人の弁護人の尋問に対する供述の中には、被害車両が踏切上あたりから、被告人車両と頭を並べるようにして併進していた旨を繰り返し述べる部分もあるけれども、右供述がなされるに至つた経緯を考慮し、前示供述と対比すると、信用することができない。

以上の証拠を綜合すると、被告人車両と被害車両の位置関係に関する前示推定及び安藤調書の内容は、少なくとも大綱においては誤りがないものと認められる(前示推定については、両車両の速度のとり方等から生ずる誤差の可能性を、安藤調書については、同人の認識及び記憶の精確性からくる誤差の可能性をそれぞれ考慮する必要があるが、それらは、その性質上、いずれも大きくはないと認められる。)。

6  右のような被告人車両と被害車両の位置関係及び和田兌作成の不可視範囲調査報告書等によつて認められる被告人車両の死角の範囲を基礎に、本件左折にあたり被告人が後写鏡によりどの程度被害車両を視認することが可能であつたかを検討すると、前述のような推定上の誤差等を十分考慮してもなお、少なくとも、被告人車両が踏切前の停止線から発進する直前(図面①の位置)においては十分視認が可能であつたと認められ、その後被告人が左に転把を始めるころ(図面②の位置)までの間もこれが可能であつた蓋然性が大きく、被告人車両が左折を始めるころ(図面③の位置)以降は不可能であつた蓋然性が大きいと推定される。

また、被告人が一時停止中に後写鏡により左後方の歩道上を視認すれば、十分な余裕をもつて、被害車両を捕捉することができたことが明らかである。

7  ところが、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によると、被告人は、一時停止中及び発進時には、全く、後写鏡により左後方を視認して自転車の有無等に注意することをせず、発進後も、自車が左に向きを変え始めたころようやく後写鏡を一瞥したにとどまり、それ以上の注意をしたことがないものと認められる(これに反する被告人の当公判廷における供述は、信用することができない。)。被告人が終始被害車両を発見し得なかつたのは、まさに右の事情に基づくものと認められる。

二最高裁昭和四五年三月三一日判決及び同昭和四六年六月二五日判決の趣旨と本件注意義務

弁護人は、被告人が訴因記載の注意義務を負うものでない根拠として、右各判例を挙げている。

しかし、右各判例は、先行自動車がすでに適法な左折の態勢にあり、かつ、その進行を後続の自動二輪車等が妨げてはならないことが、右後続自動二輪車等の運転者にとつて一見明瞭な状況にある事案にかかるもので、右のような場合には、後続自動二輪車等が左折態勢にある先行自動車の左側をあえて追い抜こうとはしないであろうと通常予想されるところから、先行自動車の運転者に対し、左折にあたつて自車左側の安全を確認する義務を軽減したものと解される。

ところが、本件のように、自動車が交差点の手前で一時停止をした後、発進し、ゆつくり左折をする場合には、その左折の態勢にあることが、後続自動車等の運転者にとつて必らずしも一見明瞭であるとは認められない上、右自動車の一時停止中にその左側を追い抜きにかかり、交差点を直進しようとする自転車等がある場合、交差点における両車両の優先順位は必らずしも明らかでなく、状況によつては、自転車等の運転者が直進車である自車の方が先に交差点を通過できるものと判断し、そのまま進行を続けることも十分予想されるところである(現に、このような場合、重大な交通事故が発生しやすいことは、世上公知の事実ともいえる。)から、この場合には、前示各判例とは明らかに事案を異にし、自動車の運転者には、左折にあたり、自車左側の安全を十分確認する義務があるといわなければならない。これは、自車の進路の安全の確認という運転上最も基本的な注意義務に属するものである。

しかも、本件の場合、被告人は、一時停止後発進にあたつてはじめて左折の合図をしたものであり、そのころすでに被告人車両の左側を追抜きにかかつていた自転車等に対する関係(本件被害車両がこれにあたることについては、前記一の1ないし5参照。)では、自車が適法な左折態勢に入つていることを主張できない状況にあつたのであるから、この点からみても、前示判例とは明らかに事案を異にするといわなければならない。

三自車左側の安全確認の方法

和田兌作成の不可視範囲調査報告書によると、被告人車両には左前部を中心にかなりの範囲にわたり死角があることが認められる。

したがつて、判示のような状況の下において、被告人車両が交差点の手前で一時停止をした後発進し、ゆつくり左折する場合には、被告人車両の一時停止中に左側歩道上を後方から進行してきた被害車両が被告人車両の停止中及び発進後にその左側を次第に追い抜くような形で併進し、被告人車両が左折しつつある一時期に、被告人車両の左前部を中心とする死角の範囲内に入るおそれのあることが、当然予想されるところであるから、この場合、被告人が左折にあたり自車左側の安全を確認するためには、左折を開始した後、後写鏡を一瞥する程度ではとうてい足りず、一時停止をしているときから、後写鏡により左後方の歩道上を視認して、自車の死角内に入つて併進するおそれのある自転車等の有無に注意し、発進及びこれに続く左折時には、後写鏡によつて自車左側を通行する自転車等の有無及び動静に絶えず注意するなどの措置をとる必要があるといわなければならない。右のような措置によつて、はじめて、左折時における進路の安全が確認されることとなるからである。

なお、運転者に右のような注意を要求することは、運転者に過大な負担を強いるものであるとする弁護人の主張は、これを採用することができない。とくに本件については、被告人が踏切手前で一時停止中、同所からの発進時又は発進直後ころ、後写鏡により自車左後方を通行する自転車の有無等に注意することは、弁護人の強調するような困難を伴うものではなく、かつ、被告人がこれを実行していれば、その時点で被害車両を発見し、事故を回避することができたことに留意すべきである。

四左折合図の遅れ

本件左折の場合、被告車両において適時に左折の合図をすることが、同車両の左後方を進行してくる自転車の安全を確保する上で重要な意味をもつことは多言を要しない。ところが、被告人は、本件交差点から三〇メートル手前の地点に達したとき(道路交通法施行令二一条参照)に左折の合図をしなかつたばかりか、交差点の手前約一〇メートルの踏切直前の停止線に停止している間においてもなお、その合図をせず、同所を発進するときはじめて、合図をしたものであつて、右合図をした時点においては、被害車両は、前示のとおり、すでに被告人車両の後端部の左側付近を進行していたものと推定されるから、本件被害者は、被告人車両の左折合図が遅れたため、その合図を発見することが不可能又は著しく困難な状況にあり、右合図によつて被告人車両の左折を予知し、回避の措置をとる機会を有しなかつたと認められる。したがつて、右左折合図の遅れの点も、被告人の過失にあたるといわなければならない。

五本件踏切付近における被害車両の通行余地

弁護人は、被害車両が通行した踏切内の道路部分は、路面が荒れており、被害車両が被告人車両と安全に併進するに足りる通行余地が存しない状況であつたから、被告人としては被害車両が被告人車両と併進することを予見し得なかつた旨主張する。しかし、昭和五三年一〇月一〇日付実況見分調書および同月一二日付写真撮影報告書によれば、右踏切内の道路は、長さ約七メートルで、歩車道の区別がなく、被害車両が右踏切に進入する入口にあたるところに遮断機の台座が突出しているため、通行余地の狭まつた個所があるが、同所付近においても、踏切手前の歩車道の境界線を踏切内に延長した線の歩道側になお約1.2メートルの通行余地があり、その他の個所においては、おおむね2.5メートル程度の通行余地があること、被告人車両が判示交差点を左折する態勢で右踏切に進入した場合、同所ではかなり中央に寄つて進行する関係もあつて、右車両の左側には、最も狭い前記遮断機台座のある個所で約2.3メートル、他の個所ではそれ以上の通行余地があつたことが認められる。また、踏切内の路面が自転車の通行に危険のあるような状態であつたと認むべき証拠はない。

したがつて、踏切内の道路状況の点から、被告人が本件被害車両の通行を予見し得なかつたということはできない。

六公訴権濫用の主張について

弁護人は、「本件公訴提起は、運転者として要求される注意義務を尽した被告人をあえて起訴することにより、危険な死角を有する欠陥車を製造販売した者と、これを放置した国の刑事責任を免罪する意図のもとに行われたものであつて、憲法一四条、同三一条に違反するから、本件公訴は棄却されるべきである」旨主張する。

大型貨物自動車等の死角の問題が社会的に論議の対象となり、その改善が強く要望され、種々研究も行われていることは、弁護人指摘のとおりであるが、現にかなり広い死角を有する車両が運行に供されている状況の下において、右車両の運転者は、当然、その死角の点をも十分考慮して、事故回避のために運転上相当の注意を尽すべきであるといわなければならない。そして、本件の場合、運転者において判示のような注意を尽すことが事故回避のために必要であり、かつ、これを運転者に求めることが過大な負担にあたるものでないことは前示のとおりであるから、運転者がこの注意義務を怠つた場合、刑事上の過失責任を問われることは、当然であり、したがつて、検察官が本件につき公訴を提起したことに、なんら違法はないと認められる。その他、本件公訴を公訴権の濫用と判断すべき事情は全く認められない。

七その他弁護人の主張は、いずれも採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中各業務上過失致死の点は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、右は一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い寺田千絵に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を主文の刑に処し、訴訟費用のうち証人二瓶譲治(但し第七回公判期日の分を除く)および同布施晴次郎に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件事故は、一瞬のうちに母子三人の生命を奪つたもので、結果きわめて重大である。また過失の態様も、左折に際して最も基本的な注意義務である左折合図及び自車左側に対する安全の確認を怠つたもので、決して軽いとはいえない。

弁護人は、本件事故の原因はもつぱら車両の死角にある旨主張するが、これが採用し得ないことは前述のとおりであり、しかも本件の場合、判示過失の態様をみると、被告人には、左折にあたり、左後方を進行してくる自転車の安全に対する顧慮がはじめから欠けていたのではないかとさえ疑われるところがあり、その緊張を欠いた危険な運転態度は厳しく責められなければならない。

なお、被害者寺田まゆみは、自転車の荷台に二人の幼児を乗せて通行していたものではあるが、ことさら高速で被告人車両を追抜こうとするような無謀な運転をしたわけではなく、また同女が被告人車両の左折に気づかなかつたのは被告人の左折合図が遅れたためと推認されることは前示のとおりであつて、その他、被告人車両に対する関係において、同女の側に運転上、格別の落度があつたとは認められない。以上のような犯情に照らすと、被告人の罪責は重いというほかはない。

ただ、被告人は、長年の運転経歴を通じ、積載重量違反により交通反則の処分を受けたことは少なくないが、悪質な違反等により刑を受けたことはなく、本件過失の態様も、酒酔いその他のことさらな無謀操縦によるものとは性質を異にするところがあること、被告人が事故後深く悔悟し、心から被害者の冥福を祈るとともに、被害者の遺族に対する慰藉等の点でも相応の誠意を示している様子がうかがわれ、未だ示談は成立していないが、将来自動車損害賠償保険による給付等をも含め、相当の賠償の行われる見通しがあること、被告人が一家の生活の支柱となつていること等、被告人のために斟酌すべき事情も認められる。当裁判所は、これら一切の情状を考慮して、主文の刑を量定した。

よつて主文のとおり判決する。

(求刑禁錮二年六月)

(吉丸真 與那嶺為守 江藤正也)

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